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■登壇者プロフィール | |
ジャーナリスト 池上 彰 氏 (いけがみ あきら) 1950年生まれ。慶応義塾大学経済学部卒。NHK入局後、社会部記者などを経て退職し、フリージャーナリストとして活躍中。東京工業大学教授。 |
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作家・外交評論家 佐藤 優 氏 (さとう まさる) 1960年生まれ。同志社大学大学院修了。外務省入省後、対ロシア外交の最前線で活躍。現在は執筆や講演などを通して積極的な言論活動を展開。 |
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コーディネーター 白鷗大学教授 高畑 昭男 氏 (たかはた あきお) 国際基督教大学教養学部卒。毎日新聞北米総局長、産経新聞編集委員兼論説委員など。2013年より現職。専門は日米関係、国際安全保障など。 |
難局打開へ 日本外交に期待
昨年12月18日、よみうり大手町ホールで「第11回白鷗大学フォーラム in 大手町」が開催された。白鷗大学・奥島孝康学長の挨拶で開幕。米国トランプ政権の振り返りと、日露外交をテーマに、池上彰氏による基調講演や佐藤優氏を加えたパネルディスカッションが行われ、約500人が聞き入った。司会は元日本テレビアナウンサー・菅家ゆかり氏。
米国でトランプ政権が誕生してから1年が経とうとしています。この間、同政権は世界にどんな影響を与えたのでしょうか。まず最近の大きな動きでは、トランプ大統領がエルサレムをイスラエルの首都と認め、「米国大使館をエルサレムへ移す」と決定した件が挙げられます。
エルサレムはイスラエルによる占領が続いていますが、パレスチナが将来の首都にと願っている地です。そのため、この決定には各国のイスラム教徒から反発が相次ぎ、特にトルコのエルドアン大統領は「全イスラム教徒が団結して対抗すべきだ」と強く主張しました。
また、「イスラム国」やアルカイダなどのイスラム過激派にとっても、反米感情に基づいた団結を呼びかける絶好の機会になりました。トランプ大統領は、この決定で世界16億人のイスラム教徒を敵に回したとも言えるのです。
なぜそんな決定をしたのか。それは選挙の際、ユダヤ系支持者から票を得るためにそう公約したからです。こんな無茶な公約を実践したのは、トランプ大統領が「公約を守ったという実績を作って、引き続き支持を得たい」と考えているからでしょう。つまり、彼はすでに次の大統領選を戦っているのです。
一つ象徴的な事件がありました。昨秋、ハリケーンが相次いで米国を襲いました。彼はすぐに被災地のテキサスに行き、支援したのに対し、ほぼ同時期に被害を受けたプエルトリコへは冷たい対応を取りました。プエルトリコは米国内における自治領であり、大統領選挙の選挙権を持たないのです。TPPやパリ協定の離脱も、再選のための実績作りに過ぎません。公約のうち、米・メキシコ間の「国境の壁」やオバマケア廃止は議会や党の反対で前に進まない。そこで彼は大統領令だけで行える公約を実行に移したのです。しかしその結果、TPPやパリ協定が米国抜きで進むなど、世界における存在感を失いつつあります。
トランプ大統領が再選を意識するあまりに、世界の色々なところで問題が起きている。それが今日の世界を表しています。
米国内、分裂「見える化」 池上
高畑 この1年で、トランプ大統領は米国や世界にどんな影響を与えたのでしょう。
佐藤 「アメリカ第一主義」については、米国の政治家として当然の姿勢だろうと受け止めていますが、目先の小事にこだわった行動が多かったと思います。「トランプシンドローム」と言うべき、指導者の独裁傾向の高まりと、気に入らないニュースを「フェイク」と断じるような反知性主義が世界に広がっています。国際情勢の動きが激しい今、民主主義的な意思決定プロセスに時間をかけていると、国益を毀損する可能性がある。その危機感が政治家を独裁に走らせ、かつ国民にそれを容認させる風潮につながっているのでは。
池上 SNS上での大統領のあけすけな発言も、「何を言ってもいいんだ」という風潮を煽ったように思います。米国では、差別主義者や白人至上主義者が公然と発言するようになりつつあります。
高畑 彼に対する支持率は約30%と史上最低レベルですが、共和党支持者内では約90%もあり、米国内が二つに分裂しているように見えます。この背景や影響をどう考えますか。
池上 もともと米国は、地域によって考え方や行動様式がかなり異なります。ただ、従来はそれを大統領がバランス良くまとめていたので、外側からは見えにくかった。しかし、トランプ大統領は国民の総意ではなく自らの考えを発信したため、分裂が「見える化」したのだと思います。
佐藤 支持率30%と言いますが、これは相当強い権力基盤です。加えて、もともと不支持だった人はこの1年で政治への失望を募らせ、次の選挙には行かなくなるかもしれません。対してトランプ支持者は非常に熱心ですから、再選の可能性は高いのではと思います。
高畑 トランプ大統領の政策によって、世界における米国の指導力は今後ますます後退していくのでしょうか。
佐藤 確かに指導力という面では弱まっていますが、米国は今なお圧倒的な軍事力を持ち、かつ世界の基軸通貨であるドルを握っている国です。その「力」を決して甘く見てはいけないと思います。
池上 米国は底力のある国です。大統領が非常識な決定をした場合には、自治体や裁判所、議会が待ったをかけることができる。私たちはこの1年で、大統領は必ずしも絶対権力者ではないと知ることができました。
高畑 米大統領選へのロシアの介入が疑われた「ロシア疑惑」にも、法廷のメスが入り始めました。政権の今後にどう影響すると思いますか。
池上 政権はかなりの危機感を持っていると思いますが、現段階では疑惑でしかなく、本当にトランプ大統領まで迫れるのかは疑問です。政権への影響も、疑惑を証明できるかにかかっています。
佐藤 私は「核心に迫られたら困るから大使館のエルサレム移転を言い出したのでは」と思っています。この騒動の中、大統領とロシアの関係がどこまで明らかになるか。今後の証言や特別検察官の手腕によるところが大きいですね。
露外交は政治家主導で 佐藤
高畑 米露外交が停滞する中、ロシアのプーチン大統領は次期大統領選への出馬を表明しています。この見通しや日露外交への影響について教えてください。
佐藤 現状からするとプーチン大統領はおそらく再選するでしょう。これを前提として、日露外交では北方4島での共同経済活動を早く進めるべきです。栽培漁業は交換公文がありますし、観光ツアー、遠隔医療などはやろうと思えばすぐできることですから、官僚レベルで議論を続けるのではなく、首相官邸が実現に向けた行動を起こすべきでしょう。
高畑 安倍首相が結ぼうとしている平和条約については、どうお考えですか。
佐藤 プーチン大統領はこの条約を通して、ロシアのクリミア併合に対する日本の承認を狙っているのではないでしょうか。条約を結ぶと、日本はクリミアを含むロシアの全領土を、ロシアは尖閣諸島を含む日本の全領土を認めることになります。
高畑 これが実現するとなると、西欧諸国は相当反発するでしょうね。
佐藤 もしくはイタリアやドイツなどは、ロシアへのクリミア問題に対する経済制裁から降りるかもしれません。米国の軍事同盟国でありながら対露制裁をかけていないイスラエルとトルコからは、今も食料品などが流入しています。
池上 私はロシア侵攻後のクリミアへ行きましたが、現地の人の大半は「前より医療が充実した」などと喜んでいる様子でした。実は、ロシアはクリミアの多くの住民を取り込んでいるという現実があります。
外交で平和的解決を 高畑
高畑 ロシアがG8から締め出されて以来、日本は欧米と足並みを揃えて制裁措置を取りながら、同時に北方領土問題にも取り組んできました。日露外交は非常に難しい局面にあると言えます。
さて、日本にとっては、中国の海洋進出も気になるところです。今後、中国との関係改善は可能でしょうか。
池上 トランプ大統領が中国を訪問した際、習近平国家主席は皇帝の宮殿だった「故宮」を貸し切ってもてなしました。つまり、彼は「皇帝」として外国の客を迎えたわけで、これは国内で絶大な力を持っていることを示しています。それほどの力があれば、対日外交を進めても国内で足をすくわれることはないでしょう。このことから私は、日中関係は少なくとも経済面では改善に進むと見ています。
佐藤 日本と中国との安保協力に関しては、中央アジアに焦点を当てた方がいいのでは。同地には「イスラム国」の拠点が出来つつあるので、利害が一致するはずです。
池上 同感です。中央アジア近辺についてはトルコが情報を持っており、日・トルコ協力も進みつつあります。しかし、トルコは独裁傾向にあるため、日本は友好関係を深めるほど世界での信用を落とす恐れがあります。米国やロシアとの関係でも同じことが言えるでしょう。今後の日本には、より高いレベルの外交手腕が求められます。
高畑 ほかにも北朝鮮問題など、日本を取り巻く環境は深刻さを増しています。平和的解決を願い、今後の外交手腕に期待したいと思います。
主催=白鷗大学
後援=読売新聞東京本社
協賛=リコージャパン株式会社 三和シヤッター工業株式会社 日立コンシューマ・マーケティング株式会社
本記事は、2018年1月13日付読売新聞(東京版)に掲載された 企画広告の内容を元に制作しました。