白鷗大学国際交流センターは、白鷗大学は創立以来、“プルス ウルトラ”(さらに向こうへ)の理念を基に、白鷗大学学生のあらゆる国際交流活動を支援し、海外の大学などに学生や教職員等との国際交流の促進を図り、本学学生の語学能力の向上と白鷗大学の教育研究の充実、発展に寄与することを目的とし、設立されました。
白鷗大学国際交流センターは、上記の目標を達成するため、主に次のような活動を行っています。
夏目漱石が英国留学で非常に苦労したことはよく知られています。彼が留学したのは1900年(明治33年)でしたが、当時はインターネットはもちろん、国際電話も無かったわけです。そのころ、海外に留学することは今以上に大変な勇気が要ったでしょう。現在では、ビデオ通話アプリを利用して簡単に顔を見ながら国際通話できますし、翻訳ソフトを利用すれば、一瞬で外国語を日本語に訳せます。つまり、昔に比べると、海外で学ぶことのハードルは格段に低くなった、と言えるでしょう。
しかし、です。やはり実際に海外に行くと、日本とはずいぶん勝手が違います。例えば、海外のお店で何かを購入しようとするとき、ホテルで何かサービスを依頼するとき、我々の多くは日本にいるときの数倍は苦労することになります。その時は焦ってパニックになることもあるでしょう。それでも身振り手振りで自分の言いたいことを伝えながら、周りの人の力も借りつつ、その事態を乗り切ったとき、その経験はみなさんにとって重要なものになるでしょう。そしてこれは、海外で我々が会話するときだけの話ではありません。国内においても、違う国や文化の中で育ってきた相手に、自分の気持ちや考えを伝えるときにも当てはまります。たとえ結果的にうまく伝わらなくても、それは自分にとっても相手にとっても重要な国際交流です。みなさんも在学中にぜひ、そういった経験をして頂きたいと思います。
本学の国際交流では、学生のみなさんが海外の大学で学ぶプログラムや、海外からの留学生との交流の機会を多く提供しています。様々な国の文化や考え方に多く触れて、その違いを尊重しながらお互いを理解し、同時に自分の育ってきた国の良さも再発見すること。国際交流センターでは学生のみなさんのそういった体験をサポートしたいと思います。
国際交流センター長
平山 真理(法学部教授)
夏目漱石が英国留学で非常に苦労したことはよく知られています。彼が留学したのは1900年(明治33年)でしたが、当時はインターネットはもちろん、国際電話も無かったわけです。そのころ、海外に留学することは今以上に大変な勇気が要ったでしょう。現在では、ビデオ通話アプリを利用して簡単に顔を見ながら国際通話できますし、翻訳ソフトを利用すれば、一瞬で外国語を日本語に訳せます。つまり、昔に比べると、海外で学ぶことのハードルは格段に低くなった、と言えるでしょう。
しかし、です。やはり実際に海外に行くと、日本とはずいぶん勝手が違います。例えば、海外のお店で何かを購入しようとするとき、ホテルで何かサービスを依頼するとき、我々の多くは日本にいるときの数倍は苦労することになります。その時は焦ってパニックになることもあるでしょう。それでも身振り手振りで自分の言いたいことを伝えながら、周りの人の力も借りつつ、その事態を乗り切ったとき、その経験はみなさんにとって重要なものになるでしょう。そしてこれは、海外で我々が会話するときだけの話ではありません。国内においても、違う国や文化の中で育ってきた相手に、自分の気持ちや考えを伝えるときにも当てはまります。たとえ結果的にうまく伝わらなくても、それは自分にとっても相手にとっても重要な国際交流です。みなさんも在学中にぜひ、そういった経験をして頂きたいと思います。
本学の国際交流では、みなさんが海外の大学で学ぶプログラムや、海外からの留学生との交流の機会を多く提供しています。様々な国の文化や考え方に多く触れて、その違いを尊重しながらお互いを理解し、同時に自分の育ってきた国の良さも再発見すること。国際交流センターではみなさんのそういった体験をサポートしたいと思います。
国際交流センター長
平山 真理(法学部教授)