2015経営学部海外留学プログラム
Bellevue College 私の異文化体験
舘野 真規
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2015経営学部海外留学プログラム
Bellevue College 私の異文化体験
舘野 真規
私は教会について知らないことが多かったがホストファミリーのうちの一人がクリスチャンだったため、週末に教会に連れてってもらえる機会が多かった。アメリカ留学で教会やクリスチャンの人たちについて良いことも悪いことも知ることができ、キリストだけでなく他の宗教についても調べてみたいと思うようになれた。この異文化体験レポートでは教会やクリスチャンの人たちの文化について述べる。
最初に、私のホストファミリーは複数の考え方を持ったスリランカ人の家族である。ホストマザーはブッダ信教でスリランカではブッダ信教が多い。ホストファミリーの長女のサジャニだけがクリスチャンで長男はどの宗教にも興味がなく、ホストファザーは各宗教の考え方を受け入れるがどの宗教にも属さない考え方だ。スリランカではブッダ信教が多いがサジャニは渡米したときに友人にキリスト教を紹介されてからクリスチャンになった。家族に一番始めに説明されたのは、ブッダやカトリックはどんな宗教の人間でも受け入れるし考えが変わったからと言ってどうにかなるわけではないということだ。
教会に行くと時間によって雰囲気が変わる。午前の早い時間に行けばドラムやギターを使用したバンドがステージで開かれており、私が通っていた教会ではこの時間帯が一番人気で、訪れる人も多い。ボーカルを神父が担当しているなど、イメージとは違った教会を楽しめた。次の時間帯になると訪れる人は早い時間に比べて少ないが、聖歌隊が合唱をしており、イメージ通りの教会の雰囲気だった。どの時間帯にしても、神父の最初の話の後に全員が立ち上がって周りの人と挨拶をする時間がある。直接かかわりのない人たちと話せる機会だったためとても良い経験になれると考えながら握手をしていたが、よく見てみると、教会にいるのはクリスチャン以外にも私のように異文化に興味のある学生が見に来ているケースもよく見かけた。神父が話す聖書の内容は毎週違っているが、ほとんどの時間聖書を使わずにたとえ話を使って話をするため想像していたよりは理解をすることが出来た。それでも私の英語力では神父がとてもきれいな発音で分かりやすく説明してくれても必死になって聞いていないと理解が出来なかった。後半に入ると、どのような基準で選ばれているのか分からないままだったが、神父ではない人が壇上に上がり、その人のトークタイムが始まる。最後は必ずお祈りをした後にステージで合唱や演奏が流れ、その間に配られてくる籠の中にお金を入れて隣の人に渡す時間を過ぎると終了となる。お金は強制でなく気持ちで渡すものらしく、無理に渡す必要がない。これは教会で開かれる昼食も同じである。
家族の知り合いやたまたま仲良くなれた人たちは皆優しい人達だった。だがある日、それらについて家族と話をしていると思いもよらない教会の事実を知った。10年ほど前の教会には肌の色による差別が存在していて、現在も、教会は神聖な場所だから黒人が来てはいけない。と考えている人たちが少しはいると言われた。キリストの考えに汝の敵を愛せよという言葉がある。この言葉は自分の宗教に入っていない人も歓迎する考えだ。それほど寛大な考えを持っているはずなのに肌の色が違うだけで教会に来るのを非難される理由が私には理解が出来ない。一部の人だけだとしても教会で差別が発生されているのがとても残念だ。
だが若い世代だと柔軟な考えを持つ人が多い。差別も少ないだけでなく、10月31日のハロウィンはクリスチャンの考えとは異なるため、今までのクリスチャンの人たちは参加をしないと言われたが、ワシントン大学に在籍している学生たちも企画に参加しているJack’s Houseと呼ばれる場所では小さな教会の中でハロウィンパーティーを毎年開催されている。残念ながら私は行くことが出来なかったがどんな場所や団体でも若い世代が新しいことに挑戦していることを知ることが出来た。
日本にいたころの私は、人が亡くなったらお寺で供養されている日本人がキリスト教の信者になっているのはなぜだろうと考えていただけで、キリスト教そのものについて深く考えたことがなかった。だがアメリカに来たおかげで今までとは違う価値観を見つけることが出来た。私はどの宗教にも入ろうとは今のところ考えてはいないが、これからは宗教ごとに持っている価値観について学びたい。以上で私の異文化体験レポートを終わりにする。
▲ 教会で顔なじみになってくれた神父さんと2ショット